2012年9月10日月曜日

大谷田温泉「明神の湯」

 
大谷田温泉「明神の湯」の案内
僕は温泉が大好きなのですが、このところまとまった休みが無く、遠出できずにいました。今日は一仕事終えてホッとしたので、以前から気になっていた都内の温泉に行ってみました。足立区にある、大谷田温泉「明神の湯」です。広い駐車場があるので、車で行きましたが、電車だと常磐線の亀有駅からバスに乗って10分とのことです。


 昭和の銭湯みたいな入り口がイイ感じで迎えてくれます。これはいけそうだな、と期待に胸を膨らませて暖簾をくぐりました。


 まず、券売機で、入浴券を買いました。シルバー料金もあり、日によって女湯デーとか夫婦デーといった特定の割引が設定されているようです。マッサージもあるし、作務衣も貸してもらえるし、お食事もできます。すべて券売機で券を購入するシステムみたいです。
 お風呂は、露天風呂もあり、なかなか広いです。水質は、天然ナトリウム塩化物強塩温泉(弱アルカリ性高張性温泉)だそうです。塩分と鉄分が豊富に含有されており、皮膚に良く、からだも温まります。熱めのお風呂、ぬるめのお風呂、更に湯温の低いひと肌くらいのお風呂、露天の岩風呂、檜風呂、サウナ、蒸し風呂などとバラエティーに富んでいて、とても楽しい温泉です。露天風呂の周りには、様々な木が植えられており、中には白い花をつけたものや、可愛い実のなっているものもあります。ここに来るまでは、まだ残暑を感じてぐったりしていたのですが、露天風呂に使っていると、不思議と涼しい風が吹いて、本当に気持ちよかったです。
 時々湯船から出て、外のベンチでほてりを取ります。タコは熱めの湯が好きなので、とっぷり使って熱くなると、水風呂も入ります。井戸水なのでしょうか、キリッと冷えた水に身が引き締まります。
 気に入ったのは熱めの桧皮の湯で、薄いコーラ色した湯です。以前新宿にあった「十二荘温泉」のときと同じ種類の泉質のようです。東京は関東ローム層があるので、こうしたコーラ色がかった温泉が多いみたいです。一時間ほど気ままに温泉を楽しんで、汗を流しました。
 

 休憩所にあがり、レモン・シロップのかかったかき氷で、すっかり乾いたのどを潤しました。かなり大盛りだったので、4分の1も食べたら、寒くなってきました。熱いお茶を飲んで、しばらく横になり、予約しておいたマッサージの時間までゴロゴロ。周りには、昼寝をする人、マッサージチェアでくつろぐ人、テレビをみたり、読書をする人など、皆さん、好きなようにまったりとくつろいでいます。
 マッサージは、体と、足を手もみしてもらうBセット1時間コースをお願いしました。ちょっと強めでイタ気持ちイイ(ーー゛)。なかなか丁寧で上手でした。
 もう一度浴場に行くと、日はすっかり暮れていました。ほどよくライトアップされた木々の花や実を見上げながら、露天風呂に浸かっていると、まさに本格的温泉。都内に居るとは思えないほどくつろいだ気分にないりました。どこか田舎のひなびた温泉にいるみたいなのに、上空には近くに飛行機の明かりが見えたりして、不思議な情景です。リフレッシュできました。

 最後に、小腹が空いたので、沖縄のソーキそばを使ったナポリタンを食べました。これはちょっと甘くてタコ好みの味ではありませんでした。迷ったのは冷麺でしたから、そちらの方がよかったかなと反省。でも、まだまだたくさんメニューはあるので、いつかまたチャレンジしてみたいと思いました。本当にゆったりできて、気持ちの良い温泉施設です。都内の温泉は他にも入ったことがありますが、ここは設備が大変気持ち良くて気に入りました。これからも、時間を見つけてまた東京の温泉をあちこち試してみたいです。
今回は五つ星が最高ランクとしたら、タコの判定では四つ星半というところです。

大谷温泉「明神の湯」 http://www.myoujin-no-yu.com/



 

勝虫 石州流茶道・東京茶和会 

石州流茶道・東京茶和会での角田先生、わたしと皆様
 今年も、石州流茶道・東京茶和会の講演会が開催され、今回は「中国青磁・高麗青磁そして鍋島青磁へ」という青磁のテーマで講師としてお話をさせていただきました。皆様、茶道の専門家だけあって、歴史やお道具についての学識が深いので、僕の話に合いの手も入り、大変楽しく盛り上がりました。古代越州窯の作品から高麗青磁の成立の経緯、魚文の歴史と意味、桃山茶道のお話を入れながら、江戸の鍋島青磁に至る青磁の歴史についてお話させていただきました。
 途中、師範の角田先生が差し入れてくださったおこし「古代」と飲み物で、ティーブレークが入りました。老舗「大心堂」http://www.kodai.jp/のこのおこしは、品の良い甘さと適度な歯ごたえで、とてもおいしいです。僕もかねてより好きなお菓子の一つです。


備前のお皿と「大心堂」のおこし「古代」

 角田先生は、とても粋な紳士で、今日は勝虫(かちむし)のブローチをしていらっしゃいました。秋を感じさせる、さりげない季節のお洒落がさすがです。トンボが勝虫と呼ばれるには諸説あります。前進あるのみで、後ろに下がらない、すなはち戦に勝つということ等、いずれもこの虫が俊敏で勝負に強く、また幼虫の時は甲冑のようであり、その固い殻から出て成虫になると勇ましい姿に変わることから再生復活の意味でも縁起の良い虫ということになりました。古くは雄略天皇から、そして戦国時代にはますます武将たちに好まれました。兜の前立てや武具、武士の衣服の文様に広く用いられました。武家の茶道である石州流の師範でおられる角田先生ももちろんそうした意味もあって、大切な場にはいつも勝虫のブローチのコレクションの中から一つ選んで身に着けていかれるそうです。さりげないく日本の文化を身に着ける先生に心から敬意を表する次第です。



2012年9月8日土曜日

バッハ 無伴奏バイオリンソナタとパルティータ


 昨晩は講座が終わったあと、新宿の「ディスク・ユニオン」に行き、CDを見ていたら、めずらしいのがありました。4種類のバッハ無伴奏バイオリンソナタとパルティータを買いました。

 一枚は今回の中では一番古く、1973年から1974年に録音された、Susanne Lautenbacherのバッハの無伴奏バイオリン。それから1979年に来日して荒川区民会館で録音したJean-Jacques-Kantorowのレアな一枚。さらにラ・プティットバンドで活躍しているSigiswald Kuijkenのもの、これは古楽器としてのバイオリンを使っていると思われます。そしてサンフランシスコ生まれのRuggiero Ricciの無伴奏バイオリン。これからその違いを聴くのが楽しみです。

 僕はバッハの作品、とくに無伴奏チェロと無伴奏バイオリンが大好きです。その孤高の旋律と音色とはぼくを魅了してやみません。バイオリンとチェンバロのためのソナタも大好きです。これらバッハを聴いていると、宇宙的広がりと、すべてを許容する宗教的深みを感じます。魂を清められる思いです。音楽はギリシャの昔から医療に役だってきましたが、美しく深みのある音楽は、病に苦しむ人たちに、精神的安らぎと魂の浄化をもたらしたに違いありません。

 アンドレイ・タルコフスキー監督の名作「惑星ソラリス」のメインテーマに使われたバッハ、コラールプレリュードBWV639もすばらしい曲で、僕は死ぬ時に音楽を持って行けるのなら、このBWV639とバイオリンとチェンバロのためのソナタと無伴奏バイオリンとチェロを持ってゆきたいと思うくらいです。それにもし加えることができるなら、ミケランジェリのピアノでジュリーニ指揮のベートーヴェンのピアノ協奏曲5番「皇帝」とサムソン・フラソワのピアノでショパンのノクターン。そして最後にマーラーの「大地の歌」これはワルターとフェリアーの盤です。これだけあれば音楽に関しては死後も永遠に満足なタコです。

2012年9月7日金曜日

岐阜・ロイヤル劇場で見た「サンダカン八番娼館」 

ロイヤル劇場のチラシ
今年の4月から、岐阜の中日文化センターでも古美術・骨董講座で講師を務めているので、講座の後で時間があると、近辺を散策することもあります。以前にこのブログで旬の鮎をいただいた時の事を書きましたが、8月の夏休み前に柳ヶ瀬を歩いてみました。1966年、美川憲一の「柳ヶ瀬ブルース」が大ヒットして全国的に名の知られるようになった歓楽街です。
 今はかつてのにぎわった面影のない「ロイヤル劇場」の昭和レトロな雰囲気にひかれ、入ってみました。上映作品「サンダカン八番娼館 望郷」は以前に観たことがありましたが、こんな昭和の名残みたいな映画館で観るのもいいなと思い、切符を買いました。
 1974年の東宝映画です。明治時代、天草からボルネオのサンダカンにある娼館に渡った日本女性に取材したノンフィクション作家・山崎朋子の原作をベースに描かれた作品です。


 家族を養う為に「からゆきさん」として異国に売られ、やっと年期があけて帰国すると、恥部として扱われ、人里離れた掘立小屋で孤独に貧しい晩年をおくる老婆サキ。この主人公を演じたのは、当時64歳の田中絹代です。確か、当時は久々の登場で大変話題になり、彼女にとって最後の出演作だったと思います。しばしば「いぶし銀のような女優」と評された田中絹代の演技にぐいぐい引き込まれました。閉ざされたサキの心を開き、彼女の「ふれられたくない過去」を聞き出そうとする役回りの栗原小巻は、当時、日本の国民的女優でした。(特にファンではありません(._.)念の為・・・)舞台女優としての癖の抜けない栗原小巻のセリフ回しと対照的に、元からゆきさんを演じる田中絹代は、どこまでもナチュラルに、するすると観客の心に入ってきます。時には頑なな老人になり、時には子供のように無邪気になり、観る者の心を揺さぶります。そのすばらしい演技に感嘆しました。ベルリン国際映画祭最優秀女優賞を受賞したのもうなずけます。
 若き日のサキを演じた高橋洋子も良かったです。彼女の聡明で清潔感のある美しさが、貧しさゆえに異国の娼館で働かなければならない素朴な娘の残酷な境遇を際立たせます。身も心もボロボロになっても、家族の為に生き、働き、そして故郷に帰る。その本能的な逞しさがたまらなく悲しいです。
 サキが帰国する頃、日本も豊かになり、彼女の家族も幸せに暮らしています。仕送りで生活を支えてくれたサキに恩返しをするどころか、彼女と一緒に暮らすことを恥とします。彼女のような人々の犠牲の上に豊かになったのは、その家族だけではなく、国自体でもあることを、忘れてはならない、とこの映画は伝えてくれます。
 バブルも遥か昔、不景気ばかりが話題になる昨今ですが、からゆきさん達が生きていたら、どう映っているのかな。数えるほどの入場者の、ひっそりと静かな柳ヶ瀬のひなびた映画館でしんみりしたタコでした。こういう映画館が今もあるんだぁ~。

2012年9月5日水曜日

白くま

 もう暦の上では秋とは言え、まだまだヒンヤリしたものが欲しくなる日々・・・。僕はアイスクリームやゼリーが大好きで、かき氷はそれほど食べませんが、最近はセブンイレブンで「白くま」を時々買ってみます。上にフルーツが乗っていて、たっぷりかかった練乳と混ぜていただくと、だんだん唇が冷たくなってきます。
 左は、本場九州の白くまです。鹿児島の名物で、フルーツだけでなく、甘く煮たお豆やギュウヒも乗っているのがおもしろいです。1930年代頃から広まったようで、最初は何気なく豆などを上に散らばしていたのをだんだんかわいらしく盛り付けるようになり、フルーツも増えたとか。名前の由来も諸説ありますが、格別においしいです。空気をはさんだ薄い氷の層がふんわりと盛られ、とろりと滲みた練乳と共に口に含むと、フワフワのまま溶けていきます。東京でもデパートの物産展などにお店が出るし、お取り寄せもできるみたいです。とても可愛いですが、普段は、コンビニの白くまでも満足です。
 それにしても、早く涼しくならないかな~(+o+)ぼくはすごく夏が苦手なんです。暑いとなおさらこうした冷たいものに手が出てしまいます。

2012年9月4日火曜日

槿(ムクゲ)



 季節的には秋になりましたが、まだまだ暑い日が続いてます。この間まで、去年買ってベランダで冬を越した小さな鉢植えの槿(ムクゲ)が、毎日一輪づつ花を咲かせてくれていました。マンションの入り口の槿は、まだ元気にたくさんの花をつけているのですが、タコの槿はもうお休みに入ったようです。
 机の上に朝鮮・李朝の白磁の盃に花を入れてみました。ともに韓国の焼き物と国花ですから、やはり合いますね。白の花弁にほんのり赤みがきれいです。李朝時代は儒教が全盛で、白を尊びました。何物にも染まらない純粋な白を象徴としていました。


 槿の前は、クチナシがなんとも言えない香りで部屋を満たしてくれました。本当にいい香りです。ぼくは沈丁花が一番好きですが、このクチナシも好きです。小さな李朝白磁の小壺によく似合い、これもまた大好きな、素朴そのものの栗の李朝くりぬき盆に乗せておくのがお気に入りです。李朝くりぬき盆は昔から韓国に行った時は2から3枚は買ってきていました。お蔭で今はかなりの枚数を持っていますが、最近は売られているのを見かけなくなりました。ぼくは中でもこの一番大きなくりぬき盆が好きです。大きさは55センチほどあり、盆としてはかなり大きなものです。

 
 毎年、梅雨の鬱陶しさを吹き飛ばしてくれるが紫陽花です。その美しさは格別で、鎌倉ではアジサイ寺の明月院が有名ですが、混みすぎて僕は東慶寺に足が向いてしまいます。東慶寺は北鎌倉駅からも近く、有名で観光客もさぞ多いと思いきや、これが意外とすいていていいのです。寺の中はいつもきれいに掃除されて気持ちいいし、有名人のお墓も多く、そのお参りも楽しみなところです。ここの紫陽花の植え込みには派手さはありませんが、寺の瀟洒なたたずまいと合っており、穏やかでゆったりできて私のは好きなところの一つです。荒らされてない苔の美しさは筆舌に尽くせません。今年は、秋田の白岩焼の壺にちょうど収まるサイズの鉢植えがあったので入れました。とても似合って爽やかな気分です。

2012年8月13日月曜日

ロンドン・オリンピックと北島康介の挑戦

 ロンドンでオリンピックが開催されました。いろいろな劇的な場面があり、スポーツってすばらしいなと思わせる場面や、みなさんもお気付きだと思いますが、外国選手の容赦ない反則とそれに気づかないのか、知らん振りしているのかわかりませんが審判の歯がゆい判定、違反の数々を見ているのが辛くなる場面もかなりありました。そうした意味で、今回のオリンピックはかつてのオリンピックでは見なかったさまざまな問題点を突きつけていると思います。
 タコは毎日オリンピックを楽しもうと思っていましたが、それが難しいことを身をもって知らされました。思わぬ「疲労感」がともなうことを知りました。特に最初に放映された柔道。日本のお家芸とされた柔道を見ていて、すごく疲れました。
 柔道の父である講道館を創設した嘉納治五郎は「精力善用」「自他共栄」を柔道の精神として唱えました。これはタコがまだ出版社に勤めていた頃に取材した、東大進学で有名な神戸の灘中学・高校の校是で、嘉納治五郎は灘中学・高校の創設者でもありました。当時の校長の勝山正躬先生からそのことを教えていただきました。純粋な精力を善いことに使い、自他共に栄える社会を築いてゆこうという高邁な思想です。この精力を養うのが柔道なのです。この姿勢は、自分だけが勝てば良いという考えとはほど遠いものです。まして相手を傷つたり、審判を買収してまで勝とういうようなことは、もともと当然のことながら柔道の精神にはないことです。

 テレビを見ていた柔道でドイツに負けたアメリカの選手は両目から血を出して、包帯で頭をくるぐる巻きにしていました。何をされるかわからない試合。見るからに凄惨過ぎる戦いのありさまです。彼が判定で負けて戻る時に通路に泣いて崩れ落ちた姿をみたら、人生を有意義に生きるためのスポーツが人生の目的のための、人生を賭けた博打みたいな存在になっていると思えてきました。きっとそのアメリカ人選手には今後の豊かな人生と夢がもろくも崩れ去った瞬間なのでしょう。失意の内に更に通路に崩れ落ち、そこに伏すアメリカ選手の横を誇らしげに胸を張って通りすぎる勝ったドイツ選手。目を覆うべき姿でした。そこには戦った相手への思いやりや敬意は微塵も感じられませんでした。勝ったということだけの傲慢な姿勢のみが感じられました。自分だけ勝てば相手などは踏み台同然と思っているのでしょう。

 また信じられないことですが、それは選手だけでなく審判にも該当することだったのです。今回のオリンピックではまじめな日本人選手は、審判のずさんな汚れた判定とその背景をなしているアメリカやヨーロッパの商業主義の犠牲になっているように思えました。柔道で見られた抗議、簡単に、それも審判全員の判定が正反対にくつがえってしまうジャッジ、あれは一体何なんなのでしょうか?実際に勝っていても、負けたと判定されるオリンピックとは何なんだろうかと思いました。彼ら審判には、長い選手の苦しく厳しい練習の日々への敬意など全くないのでしょうか?

 前回北京のオリンピックの柔道でも、優勝候補の日本人女子選手は手を強くねじられて骨折の激痛に耐えかねて敗戦したといわれていますが、審判は観て見ぬふりをしたといいます。冬期オリンピックのフィギュアースケートの審査でも浅田真央が審判の判定に苦しみました。フィギュアにおいて、回転が「華」であることは誰もが認めることであるし、選手も高得点を目指して頑張るわけです。そのルールを改訂するとはどういうことなのか理解に苦しみます。ソフトボールも日本が勝つと、オリンピック種目廃止になりました。国が金銭を出さない日本は負けて、国家の威信をかけたり、日本には負けたくない国は金を惜しまないということがよくいわれます。まさにあの柔道の審判にはそうした不信感を感じさせました。審判には恥じもプライドも真剣さも感じられませんでした。見ていた日本の観戦者たちは怒りさえ感じたことでしょう。前回北京オリンピックで男子砲丸投げ2位の室伏選手は一位がドーピング検査で失格のために繰り上げ金メダルになりましたが、ドーピング検査ならすぐ結果はわかるのに、大会終了後に、それも日本に帰ってから通知がきたといいます。表彰台に上がる栄誉が最大のオリンピックの醍醐味なのに、その恩恵にはあずかれなかったのです。そこにも意図的な日本人排除のニオイがするように思います。選手のドーピングや新しい、今の検査にひっかからない漢方系筋肉増強剤への対応も今後のオリンピックの行方に暗い影をもたらしているといえます。

 タコは体操団体戦を見てて、オリンピックが嫌になりました。男子体操団体戦でのこと、内村航平選手がこれから鞍馬をするため、気を引き締めて開始合図を待ってるのに開催国のイギリスの観客は自分たちの国のチームが快進撃しているため、ウィリアム王子やらが応援に来ていてうるさくさわぐので、内村はやりにくそうにしていた。あとで、あれで集中力を欠いたといっていました。他国の選手の演技中でも平気でさわぐ開催国のイギリス人は演技選手への思いやりや自分を厳しく見つめる騎士道精神も地に堕ちたなと思いました。その後、内村選手のその鞍馬で失敗があり、その失敗をめぐっての判定ミスまで出て、もうめちゃくちゃでした。最初体操男子団体4位の結果表示を見た日本選手は呆然自失の状態でした。日本の監督が内村選手の鞍馬で倒立の得点が抜けていると厳重に抗議したら、審判団はビデオを見たり、検討したりして、渋々といった感じで長い時間をかけて修正しました。その結果4位から銀メダルに変更となったのです。後味の悪さだけが残りました。

 その後味の悪さを払拭してくれたのが北島康介です。3連続金メダルを狙った100メートルでも破れ、同じく200メートル平泳ぎに賭けていたと思います。そこでも後輩の立石にタッチの差で負けて4位でした。その立石に「よくがんばった。おめでとう」と声をかけた。すがすがしかった。北島選手はすばらしいと思った。金メダルをとるとすぐ逃げるというか、引退する選手が多い中、チャレンジ精神の北島選手の12年はすごいです。これは以前のブログに書いた時と変わりません。そちらも読んでください。そのご褒美の400Mメドレーリレーの2位銀メダルでした。北島選手ご苦労さま!というより、自分への挑戦、お疲れさまといいたい。自分への挑戦はこれに止まらず、終生続きますから、これからは肉体への挑戦ではなく、円熟した人生に向けて頑張って・・・といいたい。同僚の立石選手をはじめとした仲間の選手も北島選手に敬意と尊敬をはらっていて素晴らしいと思います。

 サッカーの日本対モロッコの試合を見ていて、モロッコの目に余る突き倒す妨害にも審判は注意の宣告もしませんでした。一番ひどいのはボクシング。日本の選手がスリップ気味で倒れたらカウントを数え、日本人が相手を連打して倒すとスリップダウンみたいにカウントしない。それが6回も同じことが続く。あげくの果ての判定負け。信じられない光景です。あれでは審判が買収されているといわれても仕方ないでしょう。オリンピック・ボクシング協会では抗議を受けてボクシングの常識ではあり得ない再判定とその審判員の追放を行ったが、オリンピックの威信もなにもこれでは台無しです。その清水選手はのちに銅メダルをとりました。

 バトミントンの無気力試合も見ましたが、これはあからさまでひどすぎます。中国、韓国、インドネシアなどの選手を出場停止としたといいますが、当然です。該当各国は世界の手前、選手を追放処分にしたが、これも監督の指示以外の何物でもないでしょう。引退の選手も出たそうですが、問題です。すべて勝敗が人生を変える金につながっているからなのです。不況も影響しているでしょう。世界の失業率は日本の比ではありません。選手も必死なのはわかります。だからといって不正をしてよいということにはなりません。女子サッカーの佐々木監督がふともらした、移動距離の問題から引き分けに持ち込むので、ゴールしないようにという指示も真摯な姿勢とはいえませんね。神が日本の女子サッカーを見放さなければいいんだけどなぁと思いましたが、銀メダルとれて、よく言われる「運」だけでなく本当に実力があることが証明されました。

 今回の日本勢のメダル数は過去最大の38個で、金7、銀14、銅17でした。私はチーム力では女子卓球、女子バレーボール、女子サッカー、男子水泳400Mメドレーリレーがすばらしかったと思います。すべてを見た訳ではありませんが、なべて日本の選手はフェアーで、見ていて清々しく、すばらしいと思います。
 男子体操の内村選手は責任感がひときわ強く、自分に負担をかけすぎたのではと思いますが、それだけに人間的にはとてもすばらしい青年です。それに比べて韓国サッカーの竹島問題の選手は最低ですね。韓国の大企業であるサムスンはオリンピックIOCに何十億の多額の献金をしていますから、この問題はメダル剥奪とはならず、うやむやかメダル授与になると思います。あってはならないオリンピックがそうした商業主義になるので、日本のような真面目な国に報われない選手が出るのです。しかしやましいことをして取るメダルより、崇高な精神を重視する選手であってほしいと思います。自分の汚れなき精神が、今後の人生には最も重要だからです。

 古来、オリンピックはギリシャでオリンポスの神々に捧げられた競技で、戦争をしている間の国々でも、戦いを中止して競技に参加した祭典といわれます。ギリシャの神々は、きわめて人間くさく、とても神とは思えないくらいですが、私はギリシャの神々は人間が神に進化してゆく過程のすがたのように思えます。そうした観点からみると、オリンピックは神々の候補生の誕生の場と考えることもできます。美術史的にみれば、ギリシャ彫刻の理想を求める姿勢は完璧と言って良いほどです。ミロのヴィーナスも完全なプロポーションです。有名な「ダビデ」にしても、「円盤を投げる男」にしても完全な肉体美を追求しています。ギリシャ人にとって、最高の姿はやはり今で言うメダリストの優れた肉体美なのでしょう。月桂冠を載せられた勝者は神に比せられた、といってもいいのです。最高に美しい肉体美、それが勝者の肉体美なのです。古代オリンピアの競技種目はすべて実際の戦いそのものであったのです。特に訓練された兵士の代表者が「選手」だったのです。最高の肉体は一流の兵士であり、それが選手であり「美」の基準ともなり、最後は伝説的な英雄、神々に列せられたのではないかと考えられます。100メートル、200メートル、400リレーで世界新記録を達成したウサイン・ボルトがこだわる「伝説的存在」になれたということは2連覇できて「神」そのものにさらに近づけたという意味であると思います。