2012年12月26日水曜日

映画「オーケストラ」と放浪の旅の始まり


 最後にこのブログに投稿してから、アッという間に二月以上経ってしまいました。
 かねてより、11月は色々と取材や研修の為にヨーロッパに行く予定を立てていたのですが、そのせいで10月は寝る間もないほどの忙しさでした。

 
 それまで、時間に余裕があるとつい映画を観たりしていたのですが、その中で娘に勧められた「オーケストラLe Concert」というフランス映画は、なかなかおもしろかったです。2009年の作品なので、DVDで観ました。ストーリーの主役はロシアのボリショイ・オーケストラの元指揮者と団員達、そして美しいフランス人ヴァイオリニスト(メラニー・ロラン)。ブレジネフ政権時代の反ユダヤ政策でパージされたユダヤ人や親ユダヤ団員達が、生活の為に音楽とは無縁の仕事でかろうじて生計を立てている様子から始まります。ある時、フランスのシャトレ劇場からボリショイ・オーケストラに演奏依頼のファックスが届きます。現役担当者の目に触れる前にそれを手にした元団員が、とんでもないことを思いつくのです。昔のオーケストラ仲間を集めて、現役のボリショイ交響楽団になりすまし、フランスの一流劇場で演奏するという計画。しかも、フランスの人気ヴァイオリニストを指名して。30年近くも演奏から離れ、社会の底辺に追い込まれていた団員達ですが、あらゆる無理難題を乗り越えてフランスにたどり着き、見事にこの無謀な計画を実現させてしまいます。その過程もおもしろいのですが、ラストを飾るのが指揮者がこの曲を絶対に演奏したい、と執拗にこだわった、チャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲ニ長調作品35第一楽章です。この曲に、フランス人の若い女性ヴァイオリニストと、ボリショイ交響楽団を結ぶ悲しい過去と夢の実現が秘められているのです。

 
 これはもちろんフィクションですが、現実にも政治的な理由で抑圧されたり迫害され、苦労した人はたくさんいるでしょう。今も過去のことではないかもしれません。この映画では、そうした様子を、おおらかなユーモアに包んで描写しています。ロシア人気質や、ロシアならではの問題点などもコメディーに仕立てています。例えば、ロシアで飛行場に向かうシーンでは、待てど暮らせどバスが来ないので、団員達がマネージャーにちゃんとバスを手配したのか問い詰めると、「バスが遅れて迎えに来ることを見越して、実際より早い時間に来るように指定しておいた」と言います。そうか、ロシアではこれくらいしないとだめなのかな。そう思って観ていると、結局バスは来ない。これ以上待つと飛行機に間に合わない、ということで団員達が楽器など重い荷物を持って延々と歩いて飛行場に向かう、という展開です。先にバス会社に金を払ってしまったから来ないのだという意見も。このあたりがロシアらしくておもしろい。こんなドタバタの繰り返しで、一度もまともに練習やリハーサルすらできないのに、30年ぶりのいきなりの本番では見事な演奏に・・・というのはいくら映画でもむりやりすぎやしませんか?という方も是非この映画をご覧になってください。クライマックスの演奏シーンには本当に感動しますから。僕もこんな風にバイオリンが弾けたらなぁ、と思ってしまいました。因みに、フランスではこの映画の公開後、好きな作曲家No.1にチャイコフスキーが選ばれ、この楽曲を収めたCDも売り上げNo.1になったそうです。

 
 この映画のラデュ・ミヘイレアニュ監督は、ルーマニア生まれのユダヤ人。チャウシェスク政権下から亡命後、フランスで映画の勉強をして監督になったそうです。そして、謎のヴァイオリニストを演じるメラニー・ロランもやはりユダヤ系で、おじいさんはナチスの迫害を受けたそうです。かつてのナスターシャ・キンスキーを彷彿させます。そういえば、彼女は「イングロリアス・バスターズ」にも出ていました。監督のクェンティン・タランティーノは、ナスターシャ・キンスキーにこの映画への出演を依頼をしたけど実現せず、結果的にその役はダイアン・クルーガーに与えられたのですが、ナスターシャのイメージをメラニー・ロランに見出していたのかな、などと想像してしまいます。「イングロリアス・バスターズ」でのメラニー・ロランの役どころは、ナチスに目の前で家族を殺され、唯一生き残ったユダヤ系フランス人のショシャナ。復習に燃え、映画館の女主人となり、ナチの将校達を映画館もろとも焼き殺す計画を立てます。真っ赤なドレス、メラメラと燃える映画館のセルロイドのフィルムがなかなかエグイ演出でしたが、彼女の楚々とした風貌との対比が印象的でした。「コンサート」でも情熱や悲しみを秘めたクールなヴァイオリニストをまた違った形で演じています。

 この映画を見ていた時はまだ自分がよりによってエアロフロートに乗ることになるなんて、思ってもいませんでした。ところが、僕はまずベルリンに行きたかったのに、直行便はないし。他のエアラインでは乗継時間に無理があり・・・結局、希望した日程と時間的余裕という条件を満たしたのは恐怖のエアロフロートだけでした。僕の調べた限り、エアロフロートは現在日本に営業所がないみたいで、ウェブサイトを見ても、問合せや連絡先にシンプルにロシアの電話番号が記載されているのみです(・・;)。乗り換えのモスクワ空港は電気があまりついてなくて、薄暗いとか、いろいろ不安な噂を耳にしていたし、あの映画に出てきた光景をあれこれ思い返すと、少々心配にはなりました。しかし、他にチョイスはなく、10月末、タコはエアロフロートでヨーロッパ放浪の旅に出発しました。

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