2013年1月15日火曜日

最悪のベルリンフィル・コンサートホール(Die Berliner Philharmoniker)  

 11月3日はライプチヒに滞在していて、そこから2時間、列車に揺られてベルリンに戻ってきました。その夜、楽しみにしていたベルリンフィルのコンサートに行くためです。

タコの好きなさまざまなフルトヴェングラーのCDの表紙
 僕の音楽好きは、叔父兄弟の影響もあります。二人の叔父達は、タコが小学校3年生頃からレコードを一緒に聴かせてくれ、新宿のコタニレコード店にもよく連れて行ってくれました。トスカニーニが全盛期で、今でも彼の顔写真入りの「運命」のジャケットと、当時幾度となく叔父達と聴いた速い出だしの特徴ある「運命」も頭の中に鳴っています。ワルターも叔父達は結構聴いていました。

フルトヴェングラー指揮のブルックナー第5と第9交響曲のジャケット
 フルトヴェングラーがベルリンフィルを指揮して全盛期を誇っていたのは、もう少し前のことです。フルトヴェングラーを叔父たちはあまり聴いていなかったようです。録音が古かったこと、ステレオに人気があり、モノラルに人気がなかった時期かもしれません。

華麗なるカラヤンの指揮(チャイコフスキー交響曲全集より)
 
 その後ベルリンフィルはカラヤンに移り、楽団員とのトラブルなどいろいろ問題はあったようですが聴衆にはカラヤンの派手なパフォーマンスや貴族的な風貌は人気がありました。音楽のメッカ、ドイツの首都のベルリン、そのベルリンのもっとも大きな交響楽団を指揮することは、クラッシク音楽界を制することに他ならない力を持つことになります。帝王カラヤンとも言われました。

 今回は日本を立つ前にインターネットでベルリンフィルのコンサートを予約して、券も事前に送られて来ていました。僕は直前までライプチヒにいて、バッハの聖トーマス教会でのオルガン演奏会やライプチヒ弦楽四重奏団のすばらしい演奏を間近に聴いていました。

外観に凝っても音響には無頓着
 いよいよコンサートホールに入る時が来ました。入り口には大勢の人がたむろしていて、何事かと思ったらダフ屋でした。私のところにやってきて、切符を見せてくれというから見せたら、売ってくれというのです。Nein、danke!(いいえ結構です)といって中へ。

 開演間際まで席に入れないのは、ラウンジで飲み物を楽しむ時間を設定しているということで、いかにもそれらしいのですが、お話相手のいないタコは一人でカクテルを飲んでもしかたないので、ひがんで上のベンチへ・・・

 30分たったところでベルがなり、着席。70ユーロも出したので良い席かと思いきや、さほどではなく、まあ普通・・・期待はずれという感じ。また少し腹が立って周りを見回すタコ。しかし大きなホールだなと素直に感心。天井も高いし、どれだけの大人数が入るのかと少し疑問も出始めました。

 オーケストラの前は当たり前的に客席ですが、よく見ると楽団が演奏する後ろも客席、横も客席、これではホール全体が客席で埋め尽くされており、はっきりいって円形劇場の類です。いったいどのくらいの聴衆が入るのだろうかと改めて唖然としました。

 後で知ったことですが、なんと2440席!!普通の良心的なホールであれば1200席、多くても1500席。ここはかなり大きいです。このベルリンフィルのコンサートホールは当初から問題があったみたいで、パイプオルガンを設置することをうっかり忘れたらしく、なんと後から組み込んだというお粗末さです。信じられないミスです。たくさん人数を入れることばかりに気をとられて肝心のパイプオルガンの設置を設計し忘れたのでしょうか。普通はオーケストラのすぐ後ろにあるのですが、ここはそこも客席になってます。

 ライプチヒから帰ってすぐの夜、20時から演奏開始です。
  当日のコンサートのプログラムは:

●ストラビンスキー 3つのバレー輪舞曲
●プロコフィエフ バイオリン協奏曲1番  
●ドヴォルザーク 交響曲8番  指揮:イヴァン・フィッシャ-   
ソロバイオリン: リサ・バティアッシュヴィリ

ベルリン・フィルのオーケストラ

 楽団員が入場して、指揮者が登場。拍手。そして演奏開始。これはタコ個人の感覚と評価ですが、このストラビンスキーの最初の音を聴いて、がっかり(ーー;)。世界中のホールの音響を確かめたわけではありませんが、この響きの悪さはおそらく世界屈指なのではないでしょうか(笑)。もう5分で出ようかと思ったくらいです。しかし交響曲もあるしせっかくここまで来たのだからと我慢。
プログラムの表紙を飾るヴァイオリン奏者
 
 次の女流バイオリニストに期待しましたが、それも所詮無理な話でした。このバイオリンの音も響かないので遠くて小さい。何だこの音響は!!というのが正直な感想です。前日にライプチヒ弦楽四重奏団のすばらしい演奏を一番前の真ん中の席で堪能したので、なおさら。それを差し引いてもあまりにもひどい音響でした。

 ドヴォルザークの交響曲も音響が悪ければ聴く方としてもどうにもならない。あまりにも人をばかにしたこの演奏会には腹が立つより失望感が強く、もう絶対にここには来ないという決心だけが残りました。この質の悪いホールのせいか大したことのない演奏に聴こえてしまった女流バイオリニスト、そんな彼女にベタベタする指揮者にも憤然たる思いでした。

 商業主義、すなはち良心的といえる範囲を上回る人数を収容するホールと特に音響の悪さ、すべてがこれに帰結すると思います。カラヤンの時から、ベルリンフィルの経営陣とそれを取りまく商業主義は目立ってました。

カラヤン晩年の写真

 どこのオーケストラも全体的に赤字なら指揮者の手当、独奏者の手当、声楽家の手当はバカ高いので、すべてを見直せばいいのです。観客だけにその負担を押し付けることは、将来の自分たちの芽を自らが摘んでいる暴挙としか思えません。これでははるばるベルリンに来なくても、自宅のオーディオシステムで聴いていた方が何倍も良かったです。ここはコンサートホールではなく、いわば野外ライブのステージだと思います。マイクとスピーカーでガンガンボリュームを上げないとだめなライブステージ。

 あとで調べたら、そのことは経営者も十分承知らしく、楽団員たちには音を強く演奏するように申し渡しているとか。タコもビックリ。さすがにクラシック音楽にマイクとスピーカーは設置できないのでそう指示したのかもしれません(-_-メ)。もうここまできたらこれはクラシック音楽を演奏するホールではないと思います。音楽は緩急、強弱の和音の流れでできているわけで、弱く演奏できないということは繊細な表現ができないというか、聴こえないことになるので、たとえばシベリウスのバイオリン協奏曲の出だしはどうなるのでしょうか。あの静けさの中に北欧の海を照らす弱い白夜の光の中をゆったりと航行する船のごとき静謐の世界の音をここではどう観客に聴かせるのか。大きな強いバイオリンで思い切り演奏せよというのか、さもなくばそういう静かな曲は一切演奏しないというのか、きっとそのどちらかなのでしょう。

聴衆をわかせた、セーターも乱れんばかりの、飾らないフルトヴェングラー渾身の指揮のようす
(CDの表紙より)

 最後に熱心に拍手していた人たちは、フルトヴェングラーによって確立された名門ベルリンフィルという栄光の影のみを引きずっているのでしょうか。それともカラヤンの華麗な姿にほれ込んでいた方々なのでしょうか。またはかれらによってつくられた虚構の世界にしびれて麻痺している人たちなのでしょうか。音楽の本拠地であるだけになんとも虚しく、さまざまなことを考えさせられた夜でした。ライプチヒから駆けつけたタコの足は、帰りは急に重いものになりました。

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