2012年3月15日木曜日

GERT HOLBEK  と パイプの美しさ(Ⅰ)BRIARとMEERSCHAUM



●豹の皮ケースがよく似合う ホルベックGert Holbekのフルストレートグレインのパイプ

 先日、書類を整理していたら25年前に自分で書いたエッセイ風の文章がまとまって出てきました。読み返すとパイプについて書いてあり、懐かしくてこのブログにもまた書きたい気持ちになりました。そもそもタコがパイプに親しむようになったのは大学に入学したあたりであったと思います。あまりの美しさから刀剣の鑑定の勉強にのめりこみ、受験勉強をおろそかにした結果、20歳で大学の門をやっとくぐることが出来た始末で、みなさんより2年遅くなりました。従って入学してすぐに堂々と飲酒喫煙ができたのです。しかし大学での4年間も重要な期間でしたが、2年間の浪人時代に学んだ刀剣の鑑定と古美術の鑑定の勉強成果の方が今の自分を基本的に支えてくれているというのも皮肉なものです。
 タコの美術の先生の武田二郎氏(画家で、藤田嗣治ことレオナール・フジタLeonard Fujitaの弟子)がパイプ好きで、いいダンヒルの使い込んだ古いパイプを愛用されていたので、そのかっこよさとタバコの香りの良さに影響を受けたのでしょう。嫌煙が当たり前の今日ですが、当時はみなさん煙草をバンバン吸っていたし、嫌煙のケの字もありませんでした。武田先生もいつも中野の古美術のお店でパイプの紫煙をくゆらせていました。タコはその後45歳の時に、喘息のような咳が止まないので医者に診てもらったら体質的な咳とのことで、その時から煙草を完全にやめました。医師から朝と夜に水を浴びなさいといわれ励行しました。真冬でも水をかぶりました。夏の水はぬるいので、冷蔵庫で冷やした冷たい水を浴びました。そうしたら始めて数週間で嘘のように苦しさはピタリと治りました。この水浴びが趣味のように止められなくなり、5年ほど続けました。やめた今でも健康そのものです。日本を日露戦争で救った軍人の一人で、僕の尊敬する児玉源太郎大将が水浴びを励行したとあとで本で知り、少なからずうれしい気持ちになったりしました。
話が横道にそれましたが、禁煙をしていてもパイプの収集は止まらないのです。その美しさはいまだにタコを魅了して止まないのです。


  ではなぜそんなに素敵かというと、その素材と姿と形、バランス、それに使い込まれた味わいと変化、木目(木理)。それらが美しいのです。素材にはいろいろありますが、大きく分けて2種類あります。ブライヤーBRIARとメシャムMEERSCHAUMです。ブライヤーはホワイト・ヒース科の灌木で、地中海周辺に生えている木です。その根の部分からつくり出されます。その木にはグレイン、すなはち木目がきれいに出ますが、完全に美しいもの、キズのないものがきわめて少ないのです。何万本に一本の確率でよいグレインのパイプがあります。勿論よい作家のところに良いグレインのブロックが持ち込まれますから、やはり一般的にも評価が高く、自分の好みの作品を創る作家の作品の中から選ぶことになります。この木目。これが重要で、この木目をいかに有効に、しかもその木目に合ったよいデザインに仕上げるかが作家のセンスであり腕です。木目にわずかなピンホール(針のような小さな穴)やキズがでてきても評価は下がります。もうこれは偶然の世界、運がいいか悪いかの世界です。だからこそおもしろいし、すばらしく、美しいパイプに出会ったときには、それはもうすごく幸せな気持ちになれるのです。木目の美には、クロスグレインcross-grain、フレームグレイン、バーズアイbirdseye-grain、ストレートグレインstraight-grain、フルストレートグレインfull straignt-grainがあり、それらはそれぞれの個性と美しさを秘めています。作家はその木の持つ個性をどう表現するか、それが作家のセンスです。
もう一つの材質はメシャム(ドイツ語のMEERSHAUM:海泡石。海の泡のように白い柔らかい石)でできたもので、長年使うとタールが石に染みこんで、オレンジ色から半透明の深い褐色のみごとなすばらしい色を出すします。良い物は大半が100年以上使われたものです)次回かその次くらいにこうした古いパイプコレクションがおもしろいか書きます。今回はとりあえず私の秘蔵の二品の写真を掲載します。
まず一本目はデンマークの代表的作家、ゲルト・ホルベック(GERT HOLBEK)ジュビリー・シリーズの一本。1974年11月制作のものでフルストレート・グレインのコレクター垂涎の名品パイプ。デンマークのパイプ・ダンPIPE DANから販売されたものの一本。ジュビリー(JUBILEE)シリーズはアンバサダー(AMBASSADOR)シリーズより木目がよく、ストレートグレインないしはフルストレートグレインに限定されます。当然価格的にもワンランク上のシリーズということになります。形上の違いは口の上面が平らなのがアンバサダーで、丸味をおびてふっくらしているのがジュビリータイプといっていいでしょう。

 昔、原宿のパレ・フランスにジェームスⅠ世という喫煙具専門店があって、その店主、Mr.INOUEから譲ってもらいました。懐かしい思い出です。そう、今思い出しましたが、Mr.INOUEからはダンヒルのすばらしいシェル・パイプを譲ってもらいました。またこのブログに登場させたいと思います。このように彼はいいものに目がない粋な店主でした。ホルベックは無理して買った覚えがあります。何でもそうだと思いますが、頑張らないと飽きのこないいいものは買えません。

高額といえばヨーン・ミッケJOHN MICKE(1938~2005)という作家のパイプですが、タコもミッケ自身が使っていた比較的すっきりした長めのパイプを持っていましたが、長すぎて先にモーメントがかかりすぎて、くわえにくく重いのです。どうもタコとしてはホルベックのこの一本の方が材質もデザインも、奇をてらったところもなく好きなんです。タバコを吸うという観点からみてもシンプルで気品にあふれ、かたちも美しく実用的で、より洗練されています。あらゆる意味でゲルト・ホルベックという作家の性格と、ものづくりの姿勢そのものが作品に投影されています。これ以上に明快で完璧なハンドシェイプはないと思います。

 タコはどうしても趣味の領域では自分の好き嫌いが出てしまうのですが、ミッケの俗称「琉金」という一連の作品が好きになれないのです。それらは世に「ミッケの名品」とか「幻の芸術品」ともいわれますが、果たして本当にそうでしょうか?ちょっと名の知れた誰かが最初に「すばらしい名品」とか「絶品」とかいうと、右へならへが日本人の習性であることが多いです。実際にミッケの作品はそうした一部の心無いコレクターの買占めにあい、投機的に値段がますます上がったといわれます。パイプ愛好家がそんなことをするなんて、とんでもないことです。そんなことより、実際にみなさんがあのミッケの「琉金」を日常くわえて喫煙を楽しめるかどうかです。それは自由ですが、私には無理なんです。

 パイプは喫煙具、すなはち道具です。メインの目的は「鑑賞」ということではなく、「使う」ということにある訳で、本来芸術品を作る目的では生まれ得ないものなのです。あくまで使うという目的にそわないといけない。重いのも良くないと思う。やはりある程度軽くてくわえ心地の良いものが、優れたパイプでしょう。

 工芸と芸術は相容れない部分を持っていますが、ホルベックの場合はまず工芸としての完璧な技術が作品を支え、もちろん奇をてらわないスッキリした「用の美」(パイプはそれが一番大切だと思う)を兼ね備え、それでいて歴史的にも美術的・文学的にも、さらに哲学的にも教養高いデンマークの国民性がそのデザインの背景をなし、気高く見た目に心地よく、美しく、最後に芸術的ですらあるのです。そのバランス感覚がホルベックの場合、すばらしい。本当に自分が20歳後半の歳で、よくこのホルベックの作品を頑張って買ったと、当時の自分を褒めてやりたいと思うくらいです。そうした意味でもホルベックは本当に珍しい事例、例外ともいえる作家であり、すべての面でタコの納得のいく作品づくりの姿勢を見せてくれる「世界一」のパイプ作家です。
後にこうしたホルベックの才能を、デンマークを代表する銀食器・銀装飾品作りの名門、ジョージ・ジェンセンGEORG JENSENが認め、彼をデザイナーとして迎えたことも、当然のこととしてうなづけるのです。


●ゲルト・ホルベック(GERT HOLBEK)
(デンマークのパイプ作家:後に銀製品で有名なジョージ・ジェンセンGEORG JENSENのデザイナーに転向)
フルストレート・グレインの完璧で最高にすばらしいジュビリー・タイプのパイプ。
吸いやすさ、形状、見た目の美しさ、すべての面でタコ絶賛、惚れ込んだ逸品!

もう一本はメシャム、すなはち海泡石のオーソドックスなデザインの作品で作者は不明、というよりこの作品が制作されたのは1895年(このパイプにはイギリスの商業都市バーミンガムBirminghamの銀取引所のイングリッシュ・シルバー・ホールマークEnglish Silver Hallmarksが刻印されてます)で、パイプの個人作家など一人もいなかった時代に違いないのです。これもすぐれた職人さんの腕になる素敵な逸品です。かれこれ117年も使い込まれてきたにもかかわらず無傷の作品。こちらはタールの染みこみが非常に素敵でほれぼれするほど美しく、ホルベックと同様に私の「宝」の一本です。

25年くらい昔、古美術のプロとしての修行時代に露店の骨董市でかなりのコレクションを売ってしまい、今では気に入った数本だけが手元にありますが、その残りの作品を次回以降ご紹介いたします。

●メシャムの使い込まれたすばらしいパイプ
恐らくなめし皮に包まれて使用されてきたのであろう。
状態が完璧でタールの染みこみが美しい。
本来は真っ白な状態であった。

●1895年イギリス・バーミンガムのホールマーク
日本骨董学院 http://www.kottou-gakuin.com/

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